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bear-snowです。
対象期間に厳選した記事をまとめておきます。
※バナー広告等が多いサイトもありますので、アクセスする際にはご注意ください。
上記サイトより引用
ただ「安くしろ」では成功しない…【億り人大家】が伝授する、不動産購入"値引き"交渉のツボとは
「いくらで買うか」に徹底的にこだわれ!
不動産投資は仕入れが9割です。
私が不動産投資で年間家賃収入7000万円を達成できた理由、それから宅建業者として売買で毎年億の利益を得ることができている理由は、「仕入れ」にすべてを懸けてきたことです。
どんなに素晴らしい物件でも、高値づかみしてしまえば投資は失敗します。逆に、多少条件が悪くても、適正価格より大幅に安く買えれば、必ず利益を生み出せます。
なぜ仕入れがそこまで重要なのか。理由は明確です。
第一に、安く買えれば利回りが飛躍的に向上します。
同じ家賃6万円の物件でも、1000万円で買えば利回り6%、600万円で買えば利回り12%、300万円で買えば24%。その後の運営のしやすさ、売却のしやすさの差は天と地ほどもあります。高利回りは余裕を生み、余裕は選択肢を増やします。
第二に、安く買えれば売却時の選択肢が広がります。
相場より安く買った物件は、相場で売っても利益が出ます。急いで売る必要があるときでも、損をしない価格設定が可能です。これが精神的な安定をもたらし、冷静な判断を可能にします。
第三に、安く買えればリスクヘッジになります。
空室が長引いても、修繕費用がかさんでも、仕入れ値が安ければ致命傷にはなりません。不動産投資における最大のリスクは「高値づかみ」と「売れないものを買ってしまうこと」です。
私は物件を見るとき、まず「いくらなら売れるか・貸せるか」から逆算し、「いくらなら買うか」を決めます。立地も間取りも築年数も、すべては価格を決めるための要素にすぎません。
「この物件がほしい」ではなく「この価格なら買う」という思考が重要です。物件をほしいと思ってしまうと、目標金額より上振れた際にも追いかけることになります。モノがほしくてやっているわけではありません。ビジネスである以上、儲かる価格で買うことです。
相場より安く買うための3つのポイント
では、どうすれば相場より安く、物件を買えるのでしょうか?
1つ目は、売り急ぎ案件を狙うことです。
相続、離婚、債務整理、転勤など、売主に売却を急ぐ事情がある場合、相場より安く購入できる可能性が高まります。
2つ目は、問題を抱えた物件を狙うことです。
雨漏り、シロアリ被害、境界問題など、一般の購入者が敬遠するような問題を抱えた物件は、安く仕入れられます。ただし、その問題を解決できる知識と経験が必要です。
3つ目に、情報網を構築することです。良い物件情報は通常、表に出る前に売れてしまいます。不動産業者、司法書士、税理士など、物件情報が集まる人たちとのネットワークを築くことが、安く仕入れるための秘訣です。
なお、プロの中に顔を出すためには、自分も宅建業者のライセンスを持っていることが近道になります。宅建業者になることが難しければ、士業の先生方とのネットワークよりも、不動産業者さんとのつながりをつくることのほうに集中してください。
そして、情報をもらったときは、素早く明確に返答することも大事です。「検討して返事をします」と言って、そのままフェイドアウトするようでは、次はありません。また、一度「買う」と伝えたら、その言葉を守ることです。
「安く買える人」というのは、早くに結論を出し、それを曲げない人でもあります。曲げないためには、経験と目利きが必要です。言葉にすれば簡単ですが、これが最も難しいところです。
「指値」を入れるときの注意点
「指値(さしね/価格交渉)」は不動産投資の醍醐味です。しかし、多くの投資家が指値で失敗します。なぜか。指値を「値引き交渉」と勘違いしているからです。
指値とは単なる値引きではありません。売主と買主が互いに納得できる「適正価格」を見つける作業です。この視点の違いが、成功と失敗を分けます。
まず重要なのは、相手の立場を理解することです。売主には売主の事情があります。相続で急いで現金化したい、転勤で早く処分したい、維持管理が負担になっている。こうした背景を理解せずに、ただ「安くしろ」と迫っても成功しません。
次に、初めてのお取引先様の場合には、指値には必ず根拠を持たせることです。「何となく高い気がする」では説得力がありません。
「近隣の類似物件は○○万円で取引されている」「必要な修繕費用が○○万円かかる」「この利回りでは投資として成立しない」など、具体的な根拠を示すことが重要です。
Myつぶやき
とても勉強になるとても良い記事でした。
「プロの中に顔を出すためには、自分も宅建業者のライセンスを持っていることが近道になります。」…。私が不動産投資に手を出すなら、まずは宅建業者のライセンスを取りたいなと思いました。
この記事は一般の家を建てたい人にも読んでほしいと思いました。
我が家は買った瞬間に下落する新築は選択に入れず、中古住宅一択でした。2年以上以上かけて中古住宅のチェックの仕方を学び、実際に50以上の中古、新築の内覧を行い、相場も頭の中に叩き込みました。足しげく不動産会社に足を運んで「良い物件があれば現金一括購入するのですぐに連絡をください」と熱意を持って伝えていました。事前準備を入念に行ったこともあり(事前準備9割???)、紹介していただいた超お買い得な物件を即決することができました。その今住んでいる家は、立地がものすごく良いので、買値とほぼ同じ価格かそれ以上の価格で売却できる予定です。
上記サイトより引用
父親になったら「命の危険がある趣味はいったん休め」の論争に「残された家族」の切実な思い…「必ず生きて帰って」
妻のお腹に「新たな命」が宿ったら、父親になる男性は「命の危険」があるような「趣味」はいったん休むべき、という投稿がX(旧Twitter)上で大きな話題になった。
「オフロードバイク、マリンスポーツは降りました」「禁煙した」といった多くの賛同の声が寄せられた一方で、「”交通事故”とかで死ぬ確率の方が高いだろ」「親になった男は家族の犠牲になるのか?」といった反発の声も多くあがった。
そんな中、「趣味」の事故で父を失ったタイラー(@buncho_honey)さんが「残された家族」としての思いをXにポスト。
投稿は930万以上表示され、8万以上のいいねがついた。
「趣味」は人生を豊かにする…でも、死ぬなよ
「私の父は、私が8歳、妹6歳、弟1歳の時にスキューバダイビングの事故で死んだんだけど、今でも『趣味を優先した結果、私らを残して悲しませそれなりの苦労をさせたクソ親父』と思ってる。生きてたらどんなに心強かっただろうか。いろんなこと一緒にしたかった。きっと楽しかっただろうな。趣味はいいけど死ぬなよ」
<タイラーさんのXの投稿より>
タイラーさんは続けて、「もう40年ぐらい前のことで、私も大人過ぎる歳になり強くたくましく育ちまして」と、投稿。
「ただ今でも、『生きてたら』って家族で話すんですよ。父の名誉のため補足すると、私の8歳までは楽しいことをたくさん一緒にした記憶が多く、その思い出を47歳になる今でも繰り返し擦りまくって回想してるので、趣味だけに生きて子どもをないがしろにした人ではないです(たぶん)」
愛すべきクソ親父、あなたも生きていたかったよね
「母は彼氏も作らず、70歳になった今でも写真を飾り父一筋を貫き、私ら子どもたちは『クソ親父』と言いながらも、昨日まで生きてた人のように話題に出ます。事故は不運だっただけだとはわかってます」
「ただ、生きててほしかったなと思うのです。父も生きたかっただろうなと思うのです。父との最後の思い出は、ダイビングショップに連れて行かれ採寸され、私のダイビングスーツを作ったことで。一緒にダイビングするつもりだったんだと思います。母は激昂してましたが」
「父が亡くなった後、私は不眠症になり、妹は頭が禿げ、弟は父親の顔も知らずに育ったので、父親が急にいなくなるダメージは子どもにとって大き過ぎることだと思ってます。私の投稿を不快に思った方もいるかと思います。ごめんなさい。車も飛行機もバイクも釣りもマリンスポーツも登山も、なんでも危ないと言えば人生の彩りがなくなるのは確か。だから正解はわからない」
「母は、『何度言っても、隠れてでも海に行く人だったからね。運命だろうね。馬鹿な男よ笑』と言います。私たち家族にとっては愛すべき馬鹿なクソ親父です。そして私たちも愛されてました。世の父母。どうか長生きしてください。石橋を叩いて安全第一に気をつけて」
<タイラーさんのXの投稿より>
人生を楽しんでいた父。「今でも会いたいです」
自身の経験を投稿した理由について、「我が家の不幸話でも、趣味をやめろとか人生を捨てろって話でもなく、単純に、何がなんでも生きて帰ってきてほしかった。ただその思いだけです」と、タイラーさん。
「8歳の私は現実をうまく理解できず、毎日父が帰ってくる夢を見ては飛び起きて父を探して、本当に死んでしまったんだと現実を知り落胆する日が続いて悲しかったですし、ただただ帰ってきてほしかった……。
親であろうが、好きなことをして人生を楽しく生きることは素敵なことだと思います。それこそ人生だと思います。うちの父も人生を楽しんでたと思います。少ない記憶の中の父は、私たち家族をとても大事にしてました。父が大好きでした。もっといろんなことを一緒にしたかった。もっと一緒にいたかった。今でもずっと父に会いたいです。うまく言えませんが……趣味を楽しんでも、必ず帰って!必ず!って思います」(タイラーさん)
タイラーさんの投稿に対して、たくさんの共感の声や経験談の他、残されてしまった家族側の悲痛な胸の内も多く寄せられた。
Myつぶやき
(涙)…。
上記サイトより引用
お金なんて持っていない方がよかった…〈資産3億円〉〈年金月33万円〉潤沢な資金を持つ70代夫婦が恐怖。40代ひとり息子が放った「まさかのひと言」【CFPの助言】
高橋さん(75歳)は大手商社の元役員です。専業主婦として家庭を支え続けた妻の聡子さん(72歳)と、都内の一戸建てで悠々自適な生活を送っています。
現役時代の高収入に加え、投資でも堅調に資産を形成。退職金等の運用も成功し、現在の資産はおよそ3億円。夫婦合わせて月約33万円の公的年金に加え、都内に保有するマンションからの家賃収入もあります。(中略)
高橋さんは仕事一筋で、息子との時間が十分に取れなかったこともあり、幼い頃からゲームや海外旅行、有名私立大学進学など、息子が望むものは何でも与えてきました。「お金を理由に何かを諦めさせたくない」との思いで、金銭的支援を惜しみませんでした。
健一さんは大学卒業後、一度は会社に就職したものの、「人間関係が合わない」と退職。再就職がうまくいかなくても、夫婦は「暮らしに困ることはないのだから、焦らなくて大丈夫」と、息子を急かすことはありませんでした。(中略)
しかし、その優しさが裏目に出ます。健一さんは安定した仕事に就くことなく、アルバイトなどを転々する日々。安定収入がないため、生活費のすべてを親が負担し、さらに月10万円のお小遣いを渡す生活が長く続いていました。
支援をやめようとしたこともありましたが、健一さんは「金があるのに何をケチるんだ」と悪びれる様子もなく、親に頼ることが当たり前になっていたのです。(中略)
聡子さんが見せてきたのは、夫婦が密かに憧れていた高級老人ホームの案内でした。入居一時金2,000万円、月額費用は30万円。高橋さんも「景色の良い部屋で、安心して過ごせるのも良いな」と夢を膨らませていました。
ところが、横で聞いていた健一さんが「そんな贅沢をする金があるなら、俺に残してくれよ」と言い放ったのです。(中略)
息子が自立できない問題の本質とは…
自分たちだけでは、もうどうすることもできないと感じた二人は、資産家の相続問題に詳しいファイナンシャルプランナー(FP)を訪ねました。
高橋さんはこれまでの経緯と、「もうこれ以上息子にお金を渡したくない」「自分たちの老後のためにお金を使いたい」という思いを打ち明けました。FPは耳を傾けた後、こう切り出しました。
「問題なのは、親の援助を『当たり前』にしてしまったことです。そのうち働くだろうと援助の目的や期限、金額を決めずに続けてしまった結果、健一さんの中で『親の支援=当然の権利』と誤った認識が根付いてしまったのでしょう。それと、幼い頃から『困った時は親が助けてくれる』という経験を重ねたことで、金銭感覚が育たず、自分で稼ぐ必要性を感じる機会も失われてしまったのかもしれません」(中略)
高橋さん夫婦は覚悟を決め、息子に援助の停止と、自立に向けてのサポートを行う意向を告げました。案の定、健一さんから激しい反発を受けましたが、「これは息子の自立のための最後のチャンスかもしれない」と二人の決意は揺らぎませんでした。
問題がすぐに解決するわけではありませんが、息子の自立と、自分たちの老後のために、ようやく一歩踏み出すことができました。(中略)
家族の未来を守るためのお金との関わり方
お金は本来、家族の暮らしを支え、豊かにしてくれるものです。しかし、使い方や渡し方を誤ると、かえって親子の関係をこじらせ、子どもの自立心を弱めてしまうことがあります。
Myつぶやき
子育ての難しさを考えさせられる記事でした。
「資産家の相続問題に詳しいファイナンシャルプランナー(FP)」…。人生相談が大半???
「息子の自立と、自分たちの老後のために、ようやく一歩踏み出すことができました」…。この言葉が救いでした。
上記サイトより引用
こんなはずじゃなかった…〈貯蓄8,000万円〉47歳FIRE達成。悠々自適のはずが…2年後、完璧な人生設計を崩壊させた「1本の電話」
貯蓄8,000万円で掴んだ自由のはずが…
「組織の歯車のまま終わりたくない。その一心でした」
鈴木拓也さん(49歳・仮名)。拓也さんは2年前の47歳のとき、念願だったFIRE(Financial Independence, Retire Early)を達成しました。新卒で入社したIT企業でがむしゃらに働き、30代で管理職に昇進。高い給与を得る一方で、その生活は心身をすり減らすものでした。鳴りやまない電話、深夜までの残業、休日返上の出勤――そんな日々に疑問を感じた拓也さんは、早期退職を目指し、徹底した支出管理と資産運用に励みます。
「飲み会への参加は最低限、昼食は自炊した弁当。給料の半分以上を投資に回していました。周囲からは変わり者だと思われていたでしょう。でも、早くこのストレスから解放されたいという一心でした」
会社の持株会や財形貯蓄制度も最大限に活用する一方で、本業のスキルを活かして週末は副業に時間を充て、収入増も図りました。そうして生み出した余剰資金のほとんどを、全世界株式のインデックスファンドや高配当株、そして一部は不動産投資へ。そしてFIREの達成目標としてよく言われる「4%ルール」から算出した、8,000万円の資産額に到達しました。年間配当金や不動産収入などで生活費を十分に賄える見通しが立ったことで、退職を決意しました。
会社員時代のストレスから解放された生活は、まさに理想そのものだったのです。時間に追われることなく好きな時間に起き、午前中はジムで汗を流し、午後は趣味のプログラミングや読書に没頭。時には数週間にわたる国内旅行にも出かけました。
「もう誰からの指図も受けない。毎日が完全に自分次第。そう実感できる毎日が、本当に幸せでした」
FIRE達成後も決して無理はせず、節制を心がけました。拓也さんの人生計画は完璧に思えました。しかし、その悠々自適な生活は、ある日かかってきた1本の電話によって終焉を遂げます。会社を辞めて2年ほど経ったある日のことです。
電話は実家で暮らす母・芳子さん(74歳・仮名)の隣人からで、芳子さんが自宅で倒れ、救急搬送されたとのことでした。急いで駆けつけた拓也さん。母は脳梗塞で、一命は取り留めたものの右半身に麻痺が残りました。
人生の支出は「自分事」だけではない…FIRE実現後の落とし穴
医師から告げられたのは、芳子さんの一人暮らしはもはや不可能であるという厳しい現実でした。芳子さんの年金は、月14万円ほど。拓也さんは当初、その範囲内で収まる介護施設を探せば大丈夫だろうと軽く考えていました。しかし、現実は甘くありませんでした。
「低価格で入居できる施設もありましたが、麻痺のレベルを考えると手厚い介護が受けられる施設への入居が望ましい。しかし、そうした施設の月額利用料は25万円を下りません。加えて、入居一時金や医療費、雑費もかかる。母の年金だけでは、まったく足りませんでした」
不足分は拓也さん自身が補填しなければなりません。入居一時金として、数十万~数百万円が必要になります。月額費用として、毎月10万円以上はコンスタントに出ていくと考えられます。資産元本8,000万円を取り崩さざるを得ない状況に追い込まれ、鈴木さんはFIREから2年で、また組織の歯車に戻らざるを得なくなったのです。
Myつぶやき
うーーーん…。FIRE時にここまで想定するのは難しくモヤモヤっとした感じになりました。
こんなことを想定していたらFIREはできませんよね…。この方のように、その状況になった時に仕事に戻るのも手だと思いました。個人的には歯車に戻れるだけ幸せだと思っています。
上記サイトより引用
34歳でFIREを達成した私は、10年後に仕事へ復帰した。あと5年は働くべきだったと、今は思う
・サム・ドーゲン氏は、現在の家の購入が、FIRE生活から仕事に復帰する理由になったと語る。
・ドーゲン氏は、強気相場のあいだにもっと長く働いておけば、経済的な安定を高められたかもしれないと示唆する。
・退職前に少ない収入での生活を試してみて、スムーズな移行に備えることをアドバイスしている。
私は2012年に34歳でリタイアし、妻は数年後の2015年に35歳で退職した。それ以来、おもに受動的収入と投資で暮らしてきた。
2023年、私は必要ではなかったのに高額な家を購入し、不動産資産は増えたものの、現金に乏しい状態になった。家を買ったことで、サンフランシスコでの理想的なライフスタイルに影響が出始めた。子供が2人いる4人家族の私たちは、流動資産や受動的収入が減り、かなり不安を感じるようになった。(中略)
FIRE生活では家族をきちんと養えないかもしれないという不安がかなり強かった
新しい家を買うために株式と国債を売った。その結果、受動的収入は約38万ドル(約5700万円)から23万ドル(約3450万円)に減り、どうすれば流動性と受動的収入を取り戻して安心できるかばかりを考えるようになった。
不安は強烈だった。アイデンティティや目的が失われたと思われ、精神的な負担となった。早期退職者が抱える最大のリスクのひとつは、二度と仕事に就けないかもしれないという可能性だ。2023年末にパートタイムで働けるフィンテック系のスタートアップが見つかったとき、不安はある程度収まった。
労働市場から約12年離れていたあと、仕事に復帰してお金を稼ぎ、ふたたびコミュニティの一員になる経験ができたのは素晴らしい気分だった。しかし4カ月後には退職し、別の仕事は探さないと心に誓った。(中略)
FIRE後に子供が生まれ、状況が変わった
早期退職したため、実質的には以前より貧しくなったかもしれないが、心は豊かになった。最大の恩恵は子供をもてたことだ。週60時間働き、強度のストレスを感じていたころは、子供を養ったりもうけたりすることは、考えるのも難しかった。
子供たちの両方が5歳になるまでは専業の父親でありたいと願い、実際にそれが達成できたのだが、早期退職後に子供をもうけたため、彼らのために、お金、地位、権力がもっとほしいと思うようになった。(中略)
今の給料の50%で1年間生活できないなら、働いて貯蓄を続けるべき
早期退職したとき、私は投資と受動的収入だけで、それまでのライフスタイルを維持しようとした。私は早期退職を検討している人たちに、6カ月から1年間、収入を50%から80%減らした状態でどんな生活ができるかを確かめるよう勧めることにしている。
Myつぶやき
34歳でFIRE後に高額の家の購入、子供を授かる可能性のあった方ですね…。私なら転職したとしても仕事を続けると思います。最低限、次の仕事を決めてから退職するはず…。
投資方針については極力変更せず、マイルールを遵守して運用していきたいと思います。